2016年9月13日火曜日

舞鶴なんてどうでしょう

大阪から車で2時間ちょっと、舞鶴に出かけてみました

最初に行ったのは赤レンガ博物館

まずはこちらで舞鶴1DAYめぐり「かまぼこ手形」なるお得なチケットを購入しました
大人1000円 子供500円でかなり優待されます

「かまぼこ手形」の名の通り、かまぼこ板を首からぶら下げるスタイルです
施設を利用するたびに裏に判子がおされます


購入した「かまぼこ手形」で早速赤レンガ博物館に入館しました
こちらの赤レンガ博物館、勝手なイメージでは舞鶴近辺のたくさんあった
赤レンガの建物についての博物館と思っていたのですが違いました
「レンガ」についての博物館でした
「レンガについての歴史なんて・・・」と思ったのですが展示を見てると圧倒されました
レンガにこれほどの歴史があるのかと驚きました
ブロックを使ってのレンガの組み方を知るコーナーは子どもと一緒と楽しく勉強できました

次は 海軍ゆかりの港めぐり遊覧船 で海から港を楽しみます
発着してる観光桟橋は赤レンガ博物館のすぐ海側
チケットは乗船時に購入しますが、かまぼこ手形で乗船料が半額になります
船は湾内を反時計回りに進むので右舷に陣取るのが吉となります

学生の頃、小樽行きのフェリーに乗った、新日本海フェリーの桟橋
僕が利用した時は片道30時間ぐらいかかったのに
今では20時間程度でいけるそうです
そして、今でも船長との記念撮影タイムはあるのでしょうか


クレインブリッジの手前で舵を左に 遊覧船の後半は怒涛の海軍さん連発です
戦艦関係に明るくない私でも聞いたことがある船の名前が次から次へと
最初はイージス艦みょうこう は修理中

あのイージス艦あたごもドック入りしてます

そして、ひゅうが
どこからどうみても、空母です 
およそ30分程で元の桟橋に帰ってきました
船内の解説は海自OBがされてるそうで、大変わかり易く詳しいものでした

土曜日曜と祝日は基地内の北吸桟橋に入ることが出来ます
赤レンガ倉庫から自衛隊の桟橋までは歩いて15分程度ですが
循環バスはかまぼこ手形を見せると無料で乗れます

ひゅうがは近くで見ると大きすぎてよくわかりません笑
人間でスケールが伝わるでしょうか

こんな大きな船でも先端は凄く細いです


次は舞鶴港を見渡せる五老岳の展望台
ここへもかまぼこ手形でバスを乗り継いで来れます

ここからの眺めは「近畿百景第1位」に選ばれてるのも納得の眺望でした
西舞鶴と東舞鶴、どちらも望むことが出来ます
「坂の上の雲」的に言えば「見えます!丸見えであります!」です

最後にとれとれセンターで魚介類を買って帰りました

2016年2月11日木曜日

大阪の真田信繁 ゆかりの地めぐり その2

前回からの続き
大阪の真田信繁 ゆかりの地めぐり その1

大阪城公園からスタートして玉造稲荷まで約2.7キロ
子供はこの辺りから文句を言うたり
だらけたりしだしします
伊賀越えの家康でいうとこんな感じです↓

しかし、昼食を空堀通り商店街で予定してる私は押し通ります

玉造稲荷から長堀通を渡ってすぐに三光神社はあります

幸村公はこの辺りに出城を築城し本陣を置き
この出城より大阪城まで地下に道を掘ったと言い伝えられ
三光宮鎮座の階下に「抜け穴」として
その遺構があるとされています

御朱印は真田山の文字と六文銭の判
大阪七福神巡りのお寺としても知られています


三光神社から宰相山西公園を回りこむように歩くと心眼寺です
豊臣以降、大阪は徳川の直轄地となったため
ここに豊臣方の墓所を建立することが許されなかったそうです
しかし、冬の陣から400年の2014年に建立されたそうです
そしてここはタモリさんならずとも段差が気になります


心眼寺山門前の明星学園をぐるっと回りこんだ所にあるのが鎌八幡です
幸村公はこちらで祈念して神木に釜をうちつけたところ
大いな戦勝を上げたと伝えられています
現在は悪縁切りで厚い信仰を集めています
境内はなかなかの雰囲気でした
鎌八幡さんのホームページをよくご覧になってから
ご参拝ください


谷町六町目から天王寺までは地下鉄谷町線で天王寺へですが
谷町六丁目付近はプリンセス・トヨトミの舞台となった街です
本の挿絵の風景を探したり、物語の空気を感じにいくのも
楽しそうで良いのかも知れません
何故、中井貴一さんにお好み焼き屋の大将させたのかは
納得は出来ませんでしたが・・・


天王寺公園を抜けて家康公を追い詰めた茶臼山を経て
幸村公最期の地である、安居神社へ
どうでもいいことですが、JR天王寺駅コンコースの天女像の場所が
めっちゃ悪い場所になってました
四天王寺のお膝元としては不適切な表現ですが
天王寺・阿倍野界隈の待ち合わせのメッカと言えば
私の学生時代は「JRの天女、近鉄の伝言板」でした
2強と言うと「ゴチビル前」から待ったが掛かりそうですが
あの玉造出身の岡田彰布氏も
「そら、お前あれとあれよ」と仰ったそうです(嘘)
さておき「天女」には大変お世話になったものです
もうちょっとなんとかならんもんなんでしょうか
切符売り場の上やし、他所向いてるし


安居神社さんでした
一心寺さんの道を挟んだ北側辺りですが
私が入った一心寺さん側は表参道ではないようです
茶臼山から目と鼻の先のこちらの境内で傷ついた体を
休めていた所を松平忠直家臣の西尾宗次に発見され
「わしの首を手柄にされよ」と
言葉を残して討ち取られたそうですが

このシーンの堺雅人さんのモノマネをする
松村邦洋さんまで想像出来てしまいます



御朱印には真田幸村公戦死の地と
ここにも六文銭


子供連れで九時半に出発して夕陽丘駅に三時頃到着
気軽にしっかり歩ける良い散歩道でした

2016年2月9日火曜日

大阪の真田信繁 ゆかりの地めぐり その1

今年のNHK大河ドラマ「真田丸」 毎週家族で楽しく拝見しています
草刈正雄さん扮する真田昌幸公が面白くて大好きです
私が子供の頃に放送された池波正太郎さん原作の同名小説
「真田太平記」では草刈正雄さんは真田信繁(幸村)を演じられてました
子供ながら「顔の彫り深すぎるやろ!」と思ったものですが男前です

マキタのこんなCMしても男前です
脚本が三谷幸喜さんですし、「真田太平記」への
オマージュも随所に出てくることでしょう
吊り下げた鹿の角を引っ張って扉をあけるなんて
その1つと思います

真田丸、放送に伴いブラタモリで上田に行ったりとしていますが
大阪は真田幸村公最期の地ということで史跡がたくさん残っています
大河ドラマの放送日程に合わせて、ブラタモリ大阪編あるのでしょうか
真田丸と出丸城の北側は空堀(南惣構堀)があったりと
放送に耐えうる地形だと思いますし、期待してしまいます
ただ、大阪は散った場所なので
悲劇に繋がっていく所ばかりなのが辛いところです

そんなことで、行った事があるようで行った事がない
大阪の信繁ゆかりの地を歩いて巡ってみました
今回はJRさんがされてる「幸村の足跡をたどる旅へ」に乗っかってみました

コースはこんな感じです、真田丸があった玉造界隈と家康の本陣に突入した
天王寺・茶臼山界隈の2つに別れてます

玉造界隈


天王寺・茶臼山界隈


まずは前半戦、大阪城と豊國神社
スタートはご存知、JR大阪所公園駅
ここから青屋門、梅林を経由して豊國神社
大阪では出世開運の神様として大変有名です
ちなみに京都の豊國さんは「とよくに」で
主祭神は豊臣秀吉公ですが
大阪は「ほうこく」で
秀頼公と秀長公も
祀られています、これ豆な

申年の今年 大絵馬は太閤の馬印・千成瓢箪に
猿(太閤)が群がる演技が良さそうなデザインです
鳥居前には太閤さんの像があります 秀吉の辞世とされる

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪花の事は 夢のまた夢

後の豊臣家を思えば、滅び行くのを暗示してるような気がしますね

御朱印には大阪城の文字


次は玉造稲荷神社
玉造口から歩道橋で中央大通を越えて、ショッピングモールの北側を
歩きますと右手に城星学園が見えてきます
私は田舎の男子校出身なもので
建物がとても開放的な環境だったのですが
対する女子校のあの堅牢さと言うか
難攻不落感はなんなんでしょうね
「ここから先はダメです」と言われてるような気がします
「お前みたいなのがいるからこうなったんだと」と言う
御批判は甘んじて受け入れます


城星学園を過ぎるとまもなく左手に看板が見えてきますが
ぐるっと拝殿正面に回りこんできます
地理的には上町台地の北端に位置し要所だったと思われます
古くは聖徳太子が物部守屋公との戦いの折に戦勝を祈願し
豊臣期では大阪城内の鎮守として厚く崇敬され
江戸期では伊勢参りの玄関口として大変賑わったそうです

落語好きの方にはお馴染み、東の旅の発端では

  大阪離れて早や玉造 枡屋芳兵衛 鶴屋秀次郎と言う
  二軒の茶屋がございましてここらを二軒茶屋と申します
  ここで酸い酒の一杯も呑みまして
  見送りの友達と別れますというと後は2人連れでございます

静かな境内にいますと軽快な拍子木が聞こえてきそうです



御朱印は玉作岡
古代は勾玉作りが盛んな地域だったそうです
桐と葵の紋に挟まれた大阪城鎮守神がいいですね