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2017年1月4日水曜日

平成二十九年 丁酉 大阪ブラ歩き

暦も新しい年を迎えました 今年は丁酉(ひのととり)
初詣にお参りした神社の神官のお話によりますと
「酉」は「取り込む」に繋がり 運気やお客様を取り込んで
「商売繁盛」に繋がると言われています
また「丁」の字は釘を表しており そこから「安定する」という意味だそうです


「商売繁盛で安定する」 そんな飛躍する一年にしたいものです


年末年始の堕落した生活習慣に喝を入れるべく
大阪市街地 徒歩初詣 を行ってきました
コースはこんな感じです↓
経由地設定の上限を越えたので2枚にわかれています





起点は北浜駅

道修町 「神農さん」こと 少彦名神社

学問の神様 大阪天満宮

えべっさんの期間以外は静かな堀川戎

僕は徳兵衛 あなたはお初 露天神社 通称お初天神

こちらも曽根崎心中の冒頭に登場する 御霊神社

摂津国一之宮 坐摩神社

南御堂の南側 御堂筋沿い 難波神社

ミナミの氏神様 難波八阪神社

旧官幣大社 生國魂神社

高津の富 崇徳院 落語でおなじみ 高津神社

元高津 東高津宮

真田の抜け穴 三光神社

森ノ宮駅の発車音、森のくまさんは如何なものか 鵲森宮

合計14キロオーバーです
朝9時半に北浜駅をスタートして15時半に森ノ宮駅着
新旧の建造物や車で通り過ぎるだけでは見逃すような
小さな発見がたくさんありました




北浜のディーン・フジオカ像からスタート


繁昌亭は大盛況でした


横堀川埋め立てたんと大阪城の天守閣にエレベータをつけた人は同じ価値観


三賀日から十日戎の準備中


お初天神


大江橋より


日本銀行


淀屋橋交差点と言えば


直線を見たら秀吉と思え


これで 「いかすり」 読めねぇよ


福山雅治さん お引きの御神籤


不況脱出!


酉年なので久しぶりに黒田征太郎さんの鳥人間見に来ました


大阪ミュージアム登録


上町台地の際です


梶井基次郎さんの墓所を見つけました 檸檬のお供え出来るのでしょうか


子の~ せんさんびゃくろくじゅうごばーん

2016年2月11日木曜日

大阪の真田信繁 ゆかりの地めぐり その2

前回からの続き
大阪の真田信繁 ゆかりの地めぐり その1

大阪城公園からスタートして玉造稲荷まで約2.7キロ
子供はこの辺りから文句を言うたり
だらけたりしだしします
伊賀越えの家康でいうとこんな感じです↓

しかし、昼食を空堀通り商店街で予定してる私は押し通ります

玉造稲荷から長堀通を渡ってすぐに三光神社はあります

幸村公はこの辺りに出城を築城し本陣を置き
この出城より大阪城まで地下に道を掘ったと言い伝えられ
三光宮鎮座の階下に「抜け穴」として
その遺構があるとされています

御朱印は真田山の文字と六文銭の判
大阪七福神巡りのお寺としても知られています


三光神社から宰相山西公園を回りこむように歩くと心眼寺です
豊臣以降、大阪は徳川の直轄地となったため
ここに豊臣方の墓所を建立することが許されなかったそうです
しかし、冬の陣から400年の2014年に建立されたそうです
そしてここはタモリさんならずとも段差が気になります


心眼寺山門前の明星学園をぐるっと回りこんだ所にあるのが鎌八幡です
幸村公はこちらで祈念して神木に釜をうちつけたところ
大いな戦勝を上げたと伝えられています
現在は悪縁切りで厚い信仰を集めています
境内はなかなかの雰囲気でした
鎌八幡さんのホームページをよくご覧になってから
ご参拝ください


谷町六町目から天王寺までは地下鉄谷町線で天王寺へですが
谷町六丁目付近はプリンセス・トヨトミの舞台となった街です
本の挿絵の風景を探したり、物語の空気を感じにいくのも
楽しそうで良いのかも知れません
何故、中井貴一さんにお好み焼き屋の大将させたのかは
納得は出来ませんでしたが・・・


天王寺公園を抜けて家康公を追い詰めた茶臼山を経て
幸村公最期の地である、安居神社へ
どうでもいいことですが、JR天王寺駅コンコースの天女像の場所が
めっちゃ悪い場所になってました
四天王寺のお膝元としては不適切な表現ですが
天王寺・阿倍野界隈の待ち合わせのメッカと言えば
私の学生時代は「JRの天女、近鉄の伝言板」でした
2強と言うと「ゴチビル前」から待ったが掛かりそうですが
あの玉造出身の岡田彰布氏も
「そら、お前あれとあれよ」と仰ったそうです(嘘)
さておき「天女」には大変お世話になったものです
もうちょっとなんとかならんもんなんでしょうか
切符売り場の上やし、他所向いてるし


安居神社さんでした
一心寺さんの道を挟んだ北側辺りですが
私が入った一心寺さん側は表参道ではないようです
茶臼山から目と鼻の先のこちらの境内で傷ついた体を
休めていた所を松平忠直家臣の西尾宗次に発見され
「わしの首を手柄にされよ」と
言葉を残して討ち取られたそうですが

このシーンの堺雅人さんのモノマネをする
松村邦洋さんまで想像出来てしまいます



御朱印には真田幸村公戦死の地と
ここにも六文銭


子供連れで九時半に出発して夕陽丘駅に三時頃到着
気軽にしっかり歩ける良い散歩道でした

2016年2月9日火曜日

大阪の真田信繁 ゆかりの地めぐり その1

今年のNHK大河ドラマ「真田丸」 毎週家族で楽しく拝見しています
草刈正雄さん扮する真田昌幸公が面白くて大好きです
私が子供の頃に放送された池波正太郎さん原作の同名小説
「真田太平記」では草刈正雄さんは真田信繁(幸村)を演じられてました
子供ながら「顔の彫り深すぎるやろ!」と思ったものですが男前です

マキタのこんなCMしても男前です
脚本が三谷幸喜さんですし、「真田太平記」への
オマージュも随所に出てくることでしょう
吊り下げた鹿の角を引っ張って扉をあけるなんて
その1つと思います

真田丸、放送に伴いブラタモリで上田に行ったりとしていますが
大阪は真田幸村公最期の地ということで史跡がたくさん残っています
大河ドラマの放送日程に合わせて、ブラタモリ大阪編あるのでしょうか
真田丸と出丸城の北側は空堀(南惣構堀)があったりと
放送に耐えうる地形だと思いますし、期待してしまいます
ただ、大阪は散った場所なので
悲劇に繋がっていく所ばかりなのが辛いところです

そんなことで、行った事があるようで行った事がない
大阪の信繁ゆかりの地を歩いて巡ってみました
今回はJRさんがされてる「幸村の足跡をたどる旅へ」に乗っかってみました

コースはこんな感じです、真田丸があった玉造界隈と家康の本陣に突入した
天王寺・茶臼山界隈の2つに別れてます

玉造界隈


天王寺・茶臼山界隈


まずは前半戦、大阪城と豊國神社
スタートはご存知、JR大阪所公園駅
ここから青屋門、梅林を経由して豊國神社
大阪では出世開運の神様として大変有名です
ちなみに京都の豊國さんは「とよくに」で
主祭神は豊臣秀吉公ですが
大阪は「ほうこく」で
秀頼公と秀長公も
祀られています、これ豆な

申年の今年 大絵馬は太閤の馬印・千成瓢箪に
猿(太閤)が群がる演技が良さそうなデザインです
鳥居前には太閤さんの像があります 秀吉の辞世とされる

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪花の事は 夢のまた夢

後の豊臣家を思えば、滅び行くのを暗示してるような気がしますね

御朱印には大阪城の文字


次は玉造稲荷神社
玉造口から歩道橋で中央大通を越えて、ショッピングモールの北側を
歩きますと右手に城星学園が見えてきます
私は田舎の男子校出身なもので
建物がとても開放的な環境だったのですが
対する女子校のあの堅牢さと言うか
難攻不落感はなんなんでしょうね
「ここから先はダメです」と言われてるような気がします
「お前みたいなのがいるからこうなったんだと」と言う
御批判は甘んじて受け入れます


城星学園を過ぎるとまもなく左手に看板が見えてきますが
ぐるっと拝殿正面に回りこんできます
地理的には上町台地の北端に位置し要所だったと思われます
古くは聖徳太子が物部守屋公との戦いの折に戦勝を祈願し
豊臣期では大阪城内の鎮守として厚く崇敬され
江戸期では伊勢参りの玄関口として大変賑わったそうです

落語好きの方にはお馴染み、東の旅の発端では

  大阪離れて早や玉造 枡屋芳兵衛 鶴屋秀次郎と言う
  二軒の茶屋がございましてここらを二軒茶屋と申します
  ここで酸い酒の一杯も呑みまして
  見送りの友達と別れますというと後は2人連れでございます

静かな境内にいますと軽快な拍子木が聞こえてきそうです



御朱印は玉作岡
古代は勾玉作りが盛んな地域だったそうです
桐と葵の紋に挟まれた大阪城鎮守神がいいですね

2013年8月16日金曜日

竹生島と彦根城 彦根城の巻

前回の続きです 竹生島と彦根 竹生島の巻


竹生島から彦根港へ、往路に利用した無料バスで彦根駅に戻り
現存十二天守国宝彦根城を目指します。
これで私的には国宝四城(姫路・松本・犬山・彦根)制覇です。
彦根城は時代劇でもしばしば撮影に利用され
江戸城役は姫路城で無名の城役は彦根城って雰囲気でよく出てきます。
駅前の目抜き通りを10分程歩き、護国神社へ突き当たるとすぐに城内です。
表門橋を渡ってすぐの彦根城博物館へ。


彦根藩井伊家に伝わる刀剣・甲冑・茶道具・楽器等々展示されています。
井伊家といえば「井伊の赤備え」、これはテンション上がります。


2014年に公開されるこの周辺が舞台の映画
万城目学原作「偉大なるしゅららぼん」、涼介と淡十郎が着てる
赤い学生服は井伊の赤備えからきてるのでしょうが


これじゃない感が半端ないです。



博物館から出てきますと、ひこにゃんのお出まし時間となりました。


子供ばかりでなく、大人にも大人気でした。


ひこにゃんと別れて天守閣を目指します。
彦根城は平山城であるので天守閣まで表門山道から丘を登ります。
天秤櫓にかかる橋は有事の際は落とし橋に。

10分も登ると天守閣です。


天守閣のみならず、櫓等もたくさん残っており当時を感じることが出来る
素晴らしい城郭でした。

大手門から京橋口を経てキャスルロードをブラブラ。
金融機関も粋な感じになってます

鮎の名店、きむらさんもございました
夏場は鰻等も店頭に並んでますが、新緑時分の鮎の新物がお勧めです。


散策後は近江御菓子業界の雄・たね屋さんの喫茶室で一服して帰路に

今井宗久だったと思うのですが、「一杯の茶にひれ伏せ」的な言葉
「おいしいなと感じたら一杯のお茶に感謝しなさい」と捉えてたのですが
これは万事に通じる事なんだと御抹茶を頂いて改めて思いました。
何かのおかげで助けられ生かされていると感じます。
「おかげさま」を忘れず歩みたいものです。